お金を稼げない自称クリエイターはクリエイターを名乗るな

クリエイターとは

SNSを見ていると、あちこちで増殖を続けるクリエイターについて考えていきます。
そもそもクリエイターとはクリエイトする人のこと。
つまり創造する人・つくり出す人となります。

この定義ならば、クリエイターじゃない人なんて世の中にいないのでは無いでしょうか?
皆、自分で考えて話し、SNSで発信をして、ご飯を作って、呼吸をして二酸化炭素を作り出している訳です。
そして、ご飯を食べてうんこをつくり出して、飲み物を飲んでおしっこをつくり出しているのです。
そうなると、人間だけではなく生き物全てがクリエイターになってしまいます。
これはマズいということで…
本当の意味のクリエイターとは何なのでしょうか?

それは「価値のあるモノ(作品)をつくることのできる人」と定義できるのです。
人から評価される、人を感動させる、人を動かせる、欲しいと思わせるモノをつくることのできる人。
その人こそが本当のクリエイターなのです。

では、ここでいう価値とは一体何なのか。
それは単純に「良いと思ってもらう総量」「欲しいと思ってもらう総量」のことです。
この総量は「良いと思う量×人数」や、「欲しいと思う量×人数」で算出できます。
簡単に言い換えれば「需要の総量」となります。

そして、この資本主義社会において価値の尺度で一番信用ができるのは「お金」です。

また、クリエイターというのは自分自身が決めるものでなく、他者から認められて成立するものです。

シビアな言い方になりますが…
最低でもクリエイターとしての収入が生活費の半分を超えないとクリエイターを名乗る資格はないのです。
お金にできないということは価値をつくり出せていないことであり、
生活費の半分を稼げていないということは他者から認められていないということですから。

一握りの「一流のクリエイター」を頂点に、その下には「生活費の半分以上を稼ぐクリエイター」、
更にその下には、「生活費の半分以下しか稼げない自称クリエイター」がいます。
「有料でも欲しい」と思わせることのできるのはここまでで、
その下には「無料なら欲しいと思われる作品しかつくり出せないポンコツ自称クリエイター」、
更にその下には「無料でもいらないと思われる作品しかつくり出せないクズ自称クリエイター」がいます。
これをピラミッド状の図に表しておきます。

くりえいたぁとは

価値をつくり出せないということは、自称クリエイターに他なりません。
最初に書いた「あちこちで増殖を続けるクリエイター」は、この自称クリエイターが大半です。

生活費の半分以上をアルバイトで稼いでいれば、その人は社会で底辺のフリーターなんです。
絵を描いていても、底辺のクズフリーター。
実家で生活費の半分以上を援助してもらっていれば、その人は社会で最底辺の寄生虫なんです。
小説を書いていても、音楽をつくっていても、最底辺の寄生虫。
専業主婦で生活費の半分以上を稼いでもらっているのならば、その人は楽な専業主婦なんです。
ハンドメイドアクセサリーをつくっていても、ただの楽な専業主婦なんです。

このタイプが「クリエイター」「小説家の卵」「音楽クリエイター」「ハンドメイド作家」を名乗って、
本来の自分の立場(フリーター、寄生虫、専業主婦)をロンダリングするのです。

そして、僕はこの人達を本来のクリエイターとはハッキリ違うということで平仮名で「くりえいたぁ」としています。
くりえいたぁとは生活費の半分も稼げない、自称クリエイターの総称なのです。

くりえいたぁの特徴

このくりえいたぁにはいくつかの共通点があるように思います。
ここでは、その共通点・特徴の一部を上げていきます。

①SNS等で自分がクリエイターであるとアピールすることに労力を費やす

これは2つの効果があり、周り(Twitterならフォロワー)に自分がクリエイターだとアピールする効果と、自己暗示をかける効果があります。
自分がクリエイターであるとアピールするコスパの良い方法があります。
それは「無断転載系に一緒になって怒る」や「全ての作品に価値があると主張する」などです。

②勉強をしない

これも大きな特徴の1つで常にインプット量<アウトプット量をキープしています。
つまり、勉強をするという努力ではなく、生まれ持った「センス」で評価が決まると思っているのです。

③反省をしない

まず人からの指摘を受け入れません。
指摘を受け入れなければ、成長のチャンスを棒に振ることになります。
そして、せっかくの指摘に対して「嫌ならば見なければ良い」などと言い出すのです。

などなど、あげればキリがない程の特徴があります。

クリエイターとくりえいたぁの未来

特徴の①で表したように、くりえいたぁは自分自身のアピールのために時間と労力を使います。
すると、作品のクオリティは一向に上がりません。
意識が作品ではなく自分のアピールに向いているのですから、当然の結果です。

そうなると、ますます評価される作品をつくることができません。
「価値のあるモノ(作品)をつくることのできる人」というクリエイターが遠のいていくのです。
結果、クリエイターになれず、ますます自分自身のアピールのために時間と労力を費やします。

この一連の流れを「くりえいたぁスパイラル」と呼んでいます。
これも図に表しておきます。

ではこのスパイラルの脱出するには、どうすればいいのでしょうか。
それは「クリエイターアピールに時間と労力を費やすのをやめる」ことです。
この時間と労力を自分自身にではなく、作品にしっかりと費やすのです。
そうすることで、くりえいたぁスパイラルは脱出できるのです。

脱出しないと、クリエイターとくりえいたぁは作品のクオリティに大きな差をつけて二極化していくのです。
ちなみにこの記事に対して「お前にクリエイターの何がわかるんだ」と怒った人は
くりえいたぁの特徴①に当てはまっています。

禾歳タタ

1件のコメント

  1. 「クリエイター」という呼称に並々ならぬ思い入れがあるのでしょうか。
    私個人の感覚を一般化して言い切ってしまいますが、真剣に仕事をしている実制作者は「食えないすごいクリエイター」も「給料泥棒」も知っているものなのでこういう外から見た大雑把な基準には苦笑しますし、そもそもどうしてもワナビーをクリエイターから除外したいという熱意にあまりピンとこないと思います。

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