なぜ炎上するのは「陽キャ」ばかりなのか
ネット界隈では炎上という現象が頻発します。
鎮火にかなり時間のかかる大炎上からボヤ騒ぎぐらいの規模まで。
ボヤ騒ぎレベルの炎上も数に含めると、かなりの数の炎上を毎日目にすることになります。
しかし、その「炎上」という現象、どうも陽キャがターゲットになることが多いような気がするのです。
少し前に盛り上がっていた「バイトテロ」や「煽り運転」「線路に侵入する動画」などなど。
(このあたりは明らかな法律違反もあるので、今回の炎上とは少し違う話になりますが…)
思い返せば、ほとんどが陽キャだったのではないでしょうか?
大炎上はしていないけれど、頻発している「小さな炎上」でも同じことが言えそうです。
今回はこの「なぜ陰キャではなく陽キャが炎上するのか」を考えていきましょう。
【①正義感の強い人は不幸な人】
そもそも陽キャとは一体何なのでしょうか。
調べてみると、「性格が明るく、人付き合いが得意で活発な人」となっています。
つまり、陽キャは総じて生活における満足度が高いと予想することができます。
では、その逆に「満足度の低い生活」とは何なのでしょうか?
「陽キャの真逆に位置する生活」と考えれば自ずと答えが出てきます。
それは
「やることが無く、個人を認めてくれる人が周りにいない状態の生活」
となります。
2つのキーワードにまとめると「ヒマ」と「承認不足」です。
そしてこの2つの不満を一気に解消してくれる魔法があります。
それは「正義感」です。
しかし正義感は持っているだけでは、この不満は解消されません。
誰かに振りかざし、アピールし、時には強制させる。
そうして初めて「正義感」は自分の満たされない生活を少し解消してくれるのです。
なぜ正義感を振りかざすことによって2つの不満が解消されるか考えていきましょう。
まずは「ヒマ」から。
そもそもヒマを感じない生活をするためには2つの方法があります。
体力を消費させる方法と感情を消費させる方法です。
そして、正義感は後者の「感情を消費させる」に役立ちます。
正義感を持つことで生まれる感情・発散される感情が「怒り」です。
正義感が強ければ強いほど、小さなことにも、怒りの感情を生み出すことができます。
「怒り」はマイナスのイメージで、あまり良い感情とは思えません。
しかしきっとヒマでいるよりはマシなのでしょう。
満足度の低い生活を受け入れるよりも「怒り」でヒマを解消させる方が大切なのです。
続いて「承認不足」です。
本来、人は自分自身を「個人」として認めてくれる人を必要とします。
「○○くんだから~、○○さんだから~」というのは満足度の高い生活の必須条件です。
しかし、個人を認めてくれる人がおらず、「承認不足」に陥る人も多く存在します。
なんとか他の方法で「承認不足」を解消しなければなりません。
そこで必要になってくるのが「個性」という幻想です。
「個性」を認めてもらうことで、「個人」が認められたと勘違いできるためです。
そして、その「個性」をつくり出すために正義感が役に立ちます。
正義感を振りかざすことによって、「道徳的な人」という個性を簡単にアピールすることができます。
本当はそんなものは個性でもなんでもないのですが、ここでは本人が個性と思えるかどうかが重要です。
自分は「道徳的な人」である、という発信をすることで他人から承認されたがっているのです。
【②生活の満足度と正義感は反比例する】
本来、正義感が強いから不道徳なものに「怒り」を覚え、
正義感があるから「道徳的に振る舞う」と思われます。
しかし、実はその順序は逆で、
「怒り」を生み出すために正義感が必要であり、
「道徳的な人」という自称・個性のために正義感が必要になるのです。
簡単に言い換えると、生活の満足度が低いと正義感を強くせざるを得ないのです。
つまり「生活の満足度」と「正義感」の関係は反比例になります。
生活の満足度が高いと正義感は低くなり、生活の満足度が低いと正義感が高くなる。
グラフにすると以下の様になります。

【③陽キャと陰キャの道徳ギャップ】
すでに書きましたが陽キャは「人付き合いが得意で活発な人」なので生活の満足度は高いと予想できます。
つまり陽キャはヒマが無く「個人」を認めてくれる人が周りに多くいます。
休日はミニバンで友人とイオンに行き、鏡月を飲んで楽しく過ごしているのです。
そんな人たちに強い正義感や過剰に拡大した「道徳」なんて必要ありません。
もちろん最低限の「正義感」や「道徳」は必要になりますが、
陰キャがヒマと承認不足を解消するために拡大させた「道徳規範」は100%不要なのです。
そうなると、陽キャと陰キャで道徳の範囲にギャップが生まれます。

陽キャの炎上の原因にITリテラシーがあげられることがありますが、あれは間違いだと思います。
そもそも、陽キャは生活の満足度の低い人のように道徳心が過剰に拡大していないだけなのです。
もちろん、熱心にネット(SNS)をする人は、生活の満足度の低い人が多いので、
そうなると道徳規範も異常に拡大している人たちも多い。
それを先読みしてネットを使うことがITリテラシーならば、話は別ですが…
【④これからの日本の正義と炎上】
コロナ禍において自粛警察やマスク警察など○○警察という言葉をよく見かけました。
この人たちも過剰に「道徳規範」が拡大し、正義感を振りかざします。
つまりは、普段の生活に満足できていない層と考えてよさそうです。
生活に満足していないから、ヒマと承認不足を正義感で解消しなければならないのです。
○○警察や炎上を助長させている人たち、口癖のように「かわいそう」と連呼する人たち。
この「生活に満足していないから、正義を振りかざす人たち」には大きな問題点が一つあります。
それは経済にもダメージを与えるという事実です。
本来ならば、生活に満足できずに底辺を生きている人の話なんか聞かなくてもいいのです。
どうせ大した地位にいる人もいないでしょうし、影響力も少ないはずです。
しかし、声の大きさと数の多さ、ヒマゆえの粘着力が経済にダメージを与えるのです。
○○警察は経済の流れを悪くし、「かわいそう」の連呼はおもしろいコンテンツを減らします。
正義の振りかざしは、人を疲弊させ、お金の流れさえも鈍化させてしまうのです。
私の予想ですが、この「正義感の強まり」「道徳規範の拡大」の傾向はしばらく続きます。
理由は、日本の「満足度の低い生活をしている人」が増加するからに他なりません。
では、解決策はあるのでしょうか?
考えられる解決策はただ一つ。
それは「生活の満足度と正義感は反比例する」という事実を伝えてあげることです。
正義感が強く、過剰に道徳規範が拡大している人は、自分が正しいことをしていると思い込んでいます。
つまり、無自覚に正義を振りかざしているのです。
もっと言えば、「世の中を良くしてあげている」という感覚さえ持っているかも知れません。
しかし、それは「生活が満たされていない故の症状だ」という事実を伝えてあげるのです。
すると、可能性は限りなく低いですが…
正義感を振りかざし、炎上を助長させるのではなく、生活の満足度を高める方にコストを振り分けるかも知れません。
「ヒマ」と「承認不足」を正義感で解消するのではなく、生き方を変えることで解消するのです。
「炎上」「かわいそう」「○○警察」がなくなったとき、はじめて日本は満たされた国になったといえるのです。
