誹謗中傷がなくならない本当の理由
最近、ネット界隈で話題の誹謗中傷。
「○○さんが誹謗中傷を理由に自殺した」
「誹謗中傷されたので訴えます」等、話題に事欠きません。
大きなニュースが出ると「誹謗中傷は絶対に良くない!」という空気になるも、
またすぐに誹謗中傷が繰り返されるというループ。
本来ならば、この「良くない!」という空気になると一気に批判側に(過剰に)引っ張られるのが、ネットの特徴でもありました。
差別の問題や、各種ハラスメント系などが良い例かも知れません。
でも、この誹謗中傷に関しては感覚的なものですが、誹謗中傷行為がなかなか減っていないように思います。
つまり、差別問題やハラスメント関連のような、ネットで話題になって社会が変わる「社会の転換」が起こりにくいようです。
今回はなぜ誹謗中傷が減らないのか、無くすにはどうすればいいのかを考えていきたいと思います。
まず、そもそも誹謗中傷とは何かを考えていきます。
【①誹謗中傷とは何か】
「誹謗中傷」を辞書で引いてみると、
根拠のない悪口を言い相手を傷つけること
となっています。
つまり、根拠のある悪口は誹謗中傷にならないんですね。
『誹謗中傷されている!』と訴えている人の中には、事実を書かれている人も多く、
それは誹謗中傷には当たらないのだから『誹謗中傷で訴える人や自殺する人が悪いんだ!』
と言いたいところですが、そんな揚げ足を取るようなことは言いません。
根拠の有無の証明は難しそうですし、そもそもが「触らぬ神に祟りなし」です。
そう、本来「触らぬ神に祟りなし」なのですから、他人が何をしようが、スルーすれば良いのです。
わざわざ誹謗中傷なんてする必要はありません。
叩きたい奴がいても無視をして、視界に入るようならばブロックなどをして目に入らないようにすれば良いのです。
しかし、なぜかそうはなりません。
対象に向けて、どんどん悪口を書き込みます。どんどん攻撃します。
ここには何か大きな理由がありそうです。
【②誹謗中傷の働き】
誹謗中傷するターゲットの言動を無視できない理由は何なのか。
なぜスルーできないのか。
なぜブロックをして目に入らないようにできないのか。
それは「(自分の属する)社会の秩序を乱しかねない存在」だからに他なりません。
社会的な生き物であるヒトは「危険因子」を排除しなければならないのです。
これこそが「誹謗中傷」の元々の働きです。
- 社会の平和を維持するために、秩序を守るために、和を乱す人を排除する。
- マナーを守らない人を非難する。
- ルールを守らない人を攻撃する。
それが自分に直接的な被害がなくても、「社会を守る」という観点でスルーはできないのです。
きっとヒトにとって「危険因子の排除」はとても大切なことで、本能に近い行動なのでしょう。
【③セックス・ご飯・誹謗中傷】
「危険因子の排除、つまり誹謗中傷は本能に近い行動」と書きました。
つまりは、セックスや食事に近い行動ということになります。
これらと比較して考えていきましょう。
まずはこの本能的な行動を「目的」と「手段」と「理由」にまとめます。
元々は「目的」のために「手段」がありました。
そして「手段」を実行させるために「理由」が必要だった。
となります。
わかりにくいと思うので、セックスにあてはめてみましょう。
元々は「子孫繁栄(=目的)」のために「セックス(=手段)」がありました。
そして「セックス(=手段)」を実行させるために「気持ちいい(=理由)」が必要だった。
重要なのは「理由」です。
「目的(=子孫繁栄)」のための「手段(=セックス)」なら、コンドームがこの世から必要なくなってしまいます。
もちろん子孫繁栄のためのセックスもありますが、多くは「気持ちいい」からセックスします。
「子孫繁栄ー!」と思ってセックスするのではなく、「気持ちいいー!」と思ってセックスをします。
食事にもあてはめてみましょう。
元々は「栄養摂取(=目的)」のために「食事(=手段)」がありました。
そして「食事(=手段)」を実行させるために「美味しい(=理由)」が必要だった。
となります。
栄養を取るためにご飯を食べるのではなく、美味しいからご飯を食べるのです。
では最後に誹謗中傷にもあてはめてみましょう。
元々は「危険因子の排除(=目的)」のために「誹謗中傷(=手段)」がありました。
そして「誹謗中傷(=手段)」を実行させるために「気持ちいい(=理由)」が必要だった。
となります。
つまり誹謗中傷をしている側は「危険因子を排除」することがシンプルに気持ちいいのです。
それは少し「怒り」の感情が混ざったものかも知れません。
少し「不安」の感情が後押ししたのかも知れません。
しかし、危険因子の排除は間違いなく快楽に近い感情なのです。
これこそが誹謗中傷のなくならない本当の理由です。
無料で、しかも確実に気持ちいいのですから無くなるはずがありません。
この「気持ちいいから○○をする」。
本来、理由のはずの「気持ちいい」が目的化してしまっています。
『理由の目的化』とでも言うべき現象なのでしょう。
【④道徳というウソ】
「現象なのでしょう」なんて偉そうに書きながら、『理由の目的化』をあまり見かけないのはなぜなのでしょうか。
行為としては見かけるのですが、言葉として見かけない。
気持ちいいからセックスをしているのに「気持ちいいからした」なんて言ってる人、見かけないですよね?
それよりも
「好きな人だからセックスをした」
「愛しているからセックスをした」
の方が見かけるし、しっくりきます。
それはなぜか。
『理由の目的化』はあまりにも動物的過ぎて、「みっともない」という感覚が生まれるからです。
人間ほど、他の動物と距離をおきたがる生物も珍しい。
イヌやブタやサルが悪口として使われるのが良い例です。
動物に対して「あなたたちとは違うんです」と言いたいのが人間の性というもの。
つまり、『理由の目的化』は「野蛮」や「下品」や「低俗」といったイメージを持たれるのです。
そこで必要になってくるのが、目的化した理由を、ただの「理由」に戻すという作業。
この作業のために必要なのが、高尚な人間らしい目的なのです。
それを「フェイク目的」と名付けました。
フェイク目的をつくり出すことで、下品な「気持ちいいからセックスをする」を抜け出すことができるのです。
愛のためにセックスができ、幸福のために食事ができます。
そして、肝心の誹謗中傷のフェイク目的は「道徳」や「正義」。
道徳のために誹謗をし、正義のために中傷を繰り返すのです。
本当は気持ちいいから誹謗中傷をしているのに、道徳のためなのです。
本当は気持ちいいから誹謗中傷をしているのに、正義のためなのです。
これは誹謗中傷を繰り返す人達が反省をしない証明にもなります。
(もちろん訴えられたりして、生活に支障が出れば別ですが…)
「道徳や正義のために制裁を加えて何が悪いの?」となるのですから、当然です。
本当は気持ちいいだけなのに…
【⑤誹謗中傷を無くす方法】
では、最後にどうすれば誹謗中傷がなくなるかを考えていきましょう。
何度も書きますが「人間の本能に近い行動」なので、なかなか無くすことは難しい。
でも、限りなくゼロに近づけることは可能だと思います。
それは「他の気持ちいいことで時間と体力と気力を使い切る」という作戦です。
本能に近い行動を上回るのは、本能的な行動しかありません。
たくさんセックスをして、
美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、
快適にぐっすり寝れば、誹謗中傷から得られる「気持ちいい」なんて必要なくなるのです。
モテない人はオナニーをして、
お金のない人はすき家の牛丼大盛りサラダセットを食べて、
暑い日もクーラーを強めに効かせた部屋で布団をかぶって寝れば誹謗中傷なんて限りなくゼロになるのです。
誹謗中傷の心理についてはまったくその通りだと思いました。
ところで食事はわざわざ「幸福」と言い換えるより「美味しいから」食べるという人の方がほとんどではないでしょうか。
セックスは性の話自体をあまり大っぴらにはしないと思いますが、するとなったら昔にくらべると「気持ちいいから」という本音を隠さなくなってきていると思います。
誹謗中傷については露悪的な人以外は大義名分で覆い隠していますね。
レジャーランドに行くのに「楽しいから」行くのはみっともないとか、小説を「楽しいから」読むのがみっともないとは言わないと思います。
反面、たとえば子供向けの作品をいい大人が楽しむのをみっともないと指差す人はそれなりにいますが、それに対抗するために「高尚な理由」で論理武装する場合もあると思います。
つまり、この記事の定義でいう『理由の目的化』がみっともないのではなく、みっともないと指をさされることを行うときは大義名分で正当化されがちで、『理由の目的化』にはそのみっともないことに含まれるものもある、という関係なのではないでしょうか。